私たちは、普段何気なく、当たり前のように体を動かしているわけですが、それは背景に中枢神経系の機能が働いているおかげです。
ここでは、運動失調の様々な病態から、特に小脳における役割とリハビリについてご紹介していきます。
目次
運動失調とは何か?
『失調』とは、調節機能を失うという意味です。
よって、運動失調(ataxia)とは、運動機能の調節を失うことになります。
運動失調では、運動麻痺がないにも関わらず、四肢体幹の筋肉が協調的に働かなったり、姿勢保持ができなくなります。
正常な運動調節機能
例えば正常機能において、テーブルの上にあるコップを持った状態から、コップを口へ持っていく動作を考えてみましょう。
その動作において、中枢神経系は次のような役割があります。
➁実際の重さが脳へ感覚入力される。
➂予測と実際の重さの差を修正する。
➃肘を曲げる筋肉へ動くように指令を出す。
➄同時に肘を伸ばす筋肉にも指令を出し、ブレーキをかけていく。
➅各関節や筋肉の動きが脳へフィードバックされる。
➆運動が調整されながら、軌道修正される。
運動が円滑に行われるためには、運動の速度・方向・距離などの制御が必要になります。
それには、視覚や固有感覚などの感覚入力が必要です。また、主動作筋や共働筋と拮抗筋が協調的に働かなければいけません。
これらの調整は小脳や脊髄小脳路、後索、前庭系を通して行われます。よって、これらの部位や系に病変が起きることで、協調運動障害としての運動失調が引き起こされることになります。
運動失調の種類
運動失調は、神経症候学的には、主に以下の分類に分けることができます。
- 小脳性(cerebellar ataxia)
- 大脳性(cerebral ataxia)
- 脊髄性(spinal ataxia)
- 前庭迷路性(vestibular ataxia)
小脳性運動失調
小脳の機能とは
小脳は、中枢神経の様々な部分と連絡を密にとっており、動作を円滑に行うには無くてはならない組織です。
小脳は、脳幹部後方に位置しています。
小脳は、小脳脚と呼ばれる上・中・下の組織によって脳幹と結合しており、求心性にも遠心性にも影響を与えます。
小脳の主な機能は、運動と感覚の統合を行うことで、筋緊張や随意運動の調節に関与しています。
このような高度な役割があるために、小脳における神経細胞は大脳よりもはるかに多いといわれています。
小脳性運動失調症の症状
小脳性運動失調症では、次のような症状が現れます。
- まっすぐ歩けず、ふらつく。
- 手が震えて物が取れない。
- 声を出しにくくなる。
- 滑らかな動きができなくなる。
1つずつ見ていきましょう。
まっすぐ歩けず、ふらつく
歩行においても失調性となることで、バランスをとりにくくなります。
また、歩行はおろか立位だけでも、身体は前後左右に不規則に揺れ動き不安定になります。
そのため、歩幅を大きくとったwide-base歩行が見られるようになります。
このように、支持基底面を広くとることでバランスを取ろうとするのが特徴です。
手が震えて物が取れない
これは、企図振戦と呼びます。
何もしていない時には手が震えることはありませんが、物に向かって手を伸ばす際などに手が震えてしまう症状のことです。
目標に近づくほど、運動は微調整が必要になることから、震えも大きくなる傾向があります。
それに加え、測定異常が起きます。目標物に手が届かなかったり(測定過小)、行き過ぎてしまったり(測定課題)することがあります。
声を出しにくくなる
これは、失調性構音障害と呼ばれるものです。
言葉は「酔っぱらいのような話し方」のように聞こえることがあり、呂律が回っていないような印象を持たれます。
神経学領域でこのような発語を表現する言葉としては、以下のものがあります。
断綴性発語言葉が不明瞭で、とぎれとぎれになる。数語ずつ、とぎれたり、もつれたりして話す。
爆発性発語声の大きさも急に変わりやすくなる。小さい声で話していたと思えば、急に声が大きくなったりとする。
スラー様発話「パパイヤ」「カカシ」といった同じ音が連なった言葉では、「パーイヤ」「カーシ」といった具合に前後の音がつながってしまう。
滑らかな動きができなくなる
小脳性運動失調症では、筋トーヌスが低下します。筋トーヌスとは筋緊張のことです。
運動の切り替えのタイミングでは、主動作筋と拮抗筋のスムーズな筋トーヌスの変動が必要ですが、筋トーヌス低下があるとそれが困難になります。よって、一つの動作から次の動作への移行が滑らかでなくなります。
また、運動分解も起きます。
運動分解とは、2関節以上を同時に動かす際に、それぞれの関節運動を合わせた動作ができなくなることです。
例えば、手を伸ばしてコップを持った後に、コップを口へ持っていく動作は、普通は下の図のようになります。
運動分解では、これが次のように何段階かに分解された動きとなります。
ここでは、一度まっすぐ引いたあとに上方向へ持ち上げています。
この他にも、協働運動不能というものがあります。
これは、上肢・下肢・体幹をそれぞれ協調して動かせなくなるというものです。例えば、体幹を屈曲させて起き上がろうとしても、両側または片側の下肢が挙上して起き上がれない現象がみられます。これは頭部・体幹・下肢の協調性障害によるものです。
その他
この他にも、眼振や複視、大字症などの様々な症状が見られます。大字症とは、字を書き続けていると、だんだん字大きくなっていくことです。
大脳性運動失調
大脳性運動失調では、特に前頭葉の障害によって運動失調が起きることがあります。
運動失調としては小脳性のものに類似しており、大脳と小脳の関連性による機能不全によるものと考えられているようです。小脳失調との鑑別においては、大脳病変に関する症状があるかどうかを見ていきます。
脊髄性運動失調
感覚が遮断されれば脳への固有感覚入力も障害されるために、運動失調が起きる可能性があります。(固有感覚とは、自分の体がどうなっているのかを知る感覚です。筋肉がどのくらい働いているのか、関節がどの角度にあるのかなどを知るための感覚です。)
これは、脊髄後索が障害されることで起きます。
脊髄性運動失調がある場合には、バランスを保つために、視覚で代償しようとすることが特徴的です。
前庭迷路性運動失調
平衡感覚に関わる迷路の前庭器官に障害があると、このタイプの運動失調が生じます。人間の平衡バランスに関して、耳にある前庭迷路は大きな役割をもっているわけです。
運動失調は、一側性と両側性のどちらにも症状が見られます。一側性では、患側へ倒れそうになる傾向があり、両側性ではどちらか一方というわけではないですが、やはり転倒しやすい傾向にあります。
小脳性運動失調の評価
SARAの活用
運動失調の評価では、以前よりICARS(International Cooperative Ataxia Rating Scale)が広く広まっていました。
最近では、より小脳性運動失調の評価に特化した、SARA(Scale for the assessment and rating of ataxia)というものが使われるようになってきています。こちらのメリットは、検査時間も短く簡便であるということと、ICARSやBarthel Indexとの間に高い相関性が示されていることです。
これは、全部で8項目からなり、評価者内や評価者間において、共に高い信頼性や整合性が報告されています。
その8項目とは次の通りです。
- 歩行
- 立位
- 座位
- 言語障害
- 指追い試験
- 指鼻試験
- 手の回内外運動
- 踵すね試験
詳しくはこちらのサイトの評価用紙を参考にしてください。
具体的な問題点の仮説を立てる
運動失調の評価で重要なのは、どのような場合に、どこが不安定になるかということをしっかりと把握することです。
そのために、動作観察を注意深く行い、必要に応じて環境設定やタスク課題を増減させたりと、条件を変えながら評価するのが望ましいです。
ただ単に、できるできないだけでは治療に結びつきませんので、実生活にも結び付けながら、介入するポイントを絞って問題点の仮説を立てる必要があります。
小脳性運動失調のリハビリ
一般的な運動失調へのリハビリ方法は、以下のようなものがあります。
- Frenkel体操
- 弾性包帯による圧迫
- 重錘負荷
- バランス訓練
- 近位関節のリズミカルな運動
Frenkel体操
Frenkel体操とは、運動失調に対して、視覚の代償を使って正しい動きを学習していくことです。
ただし、小脳性運動失調の場合は眼球運動の異常が起きている可能性があるので、眼振や複視の有無を確認してから適応かどうかを判断する必要があります。
フレンケル体操の内容では、背臥位・坐位・立位と大きく3つに分けて行います。各々の姿勢において、下肢の運動をできるだけ正確に行うことが重要となります。患者は運動にしっかりと集中し、運動をゆっくりと繰り返し行うことで、正常パターンに近づけていきます。
例えば、立位では下の図のように、目印になるところへ足を置くような練習を行います。
これを反復して行うことで、フィードバック制御からフィードフォワード制御でのコントロールを目指していきます。
弾性包帯による圧迫
弾性包帯を巻くことで、固有感覚への入力を促す効果があります。関節覚などはもちろん、筋紡錘からの求心性インパルスを増加させる効果があります。
また、弾性包帯で上肢や下肢近位部を圧迫することで、運動失調性による動揺を緩和させる狙いもあります。
重錘負荷
手関節や足関節に重錘負荷を加えることで、その重さを利用して固有感覚の入力を促すことができます。また、余計な運動を制限することもでき、運動失調による動揺を緩和させる狙いがあります。
重錘の重さは、上肢においては250gから500g程度、下肢では500g~1000g程度が良いでしょう。
バランス訓練
小脳性運動失調では、小脳の中でも障害された部分と障害されていない部分が存在する可能性があるわけなので、その2つの再統合を目的にバランス訓練を行います。
また、小脳機能が正常であれば無意識下で行っていたはずの機能を、大脳からの意識下での運動に変換することを目的としてもバランス訓練は有効であると考えられます。
近位関節のリズミカルな運動
運動失調においては、体の動揺が大きくなった結果、近位の関節を固定させてしまうケースが多い傾向にあります。
近位関節の過剰な固定は、動作の円滑性を低下させます。よって、近位関節への感覚入力を増加させるために、運動の開始にともなって、肩関節や股関節をリズミカルに運動させることが有効です。
これにより、過剰な固定を緩和させることができ、動作がしやすくなります。
まとめ
運動失調は病態も複雑ですし、評価や治療コンセプトも難しいものです。
特に、小脳性運動失調に関して今回はご紹介しましたが、評価や治療についてご参考になるものがありましたら、ぜひ取り入れてみて下さい。