維持期(生活期)リハビリの現状と今後の課題

一般的に、リハビリはリレーのように例えられます。

病気の発症とともに急性期の短期集中的なリハビリを経て、亜急性期へ進み、そして発症から概ね1~6か月間の回復期へバトンタッチが行われます。そして症状や病態が一旦安定してこれば、維持期・生活期のリハビリへとさらに変わってきます。最近では、維持期のことを“生活期”“展開期”と呼ぶ場合もあるようです。

近年、この維持期のリハビリテーションの在り方に関して、様々な議論がなされているわけですが、一般的な見解では、『維持期のリハビリでは、機能改善よりは周囲の環境設定や社会参加の機会を通して、主体的に生きることのできる助けをしていこう』といったことが多いわけです。言うなれば、生活動作全てをリハビリと見なして援助していこうといった考え方です。

本当にそれでいいのでしょうか?

この方針は決して間違いではないでしょうが、僕は自分の実体験から、それだけでは良くないと痛感しております。その理由や改善策についてお伝えしていきたいと思います。

『リハビリ』の2つの手段

『リハビリ』には、大きく2つの手段があります。それは

  1. “治療”によって、身体機能のマイナス因子を改善させ、身体自体を生活に適合させる
  2. “環境変化”により、身体機能が変わらずとも、生活環境自体を身体に適合させる

この2つの方法によりリハビリは進められるわけです。医学モデルと生活モデルという言葉で表現しても良いかもしれません。近年では、➀だけでなく➁の重要性が取りざたされており、それはWHO(世界保健機関)が1980年に国際疾病分類(ICD)の補助として提唱したICIDH(国際障害分類)に代わって、2001年にICF(国際生活機能分類)を採択したことからもうかがえます。

ICIDHでは、身体機能が社会的な不利を生じている原因であるという考え方であったことに対し、ICFはそれに加え、環境因子という観点を交えて、身体に関する問題点とともに、健康状況をより中立的な視点で捉えて活用してこうという姿勢が見られます。

高齢化が進むにつれて、障害を持つ人の割合も増え、治療による改善の限界(プラトー)が生じてくるため、この考え方には確かに納得がいきます。

維持リハビリに取り組んだ理学療法士に待ち受けていたこと

僕は2年間の間ではありますが、維持期の現場でリハビリ業務をさせていただいた経験があります。

そこで目にしたものは、高齢者や障害を持つ方が、あまりにも主体性を失っている現実でした。医療においては、治療者と治療を受ける側といった受動的な関係になりやすく、それが尾を引いている印象がありました。

そこで、そのような方が役割を持って主体的に活動していける“環境”を作ることが重要と考え、その高齢者や障害を持つ方々の家族や地域の方々に協力をしていただきながら、いろいろなプログラムを企画して実践してみました。また、家庭内においても何らかの役割を持てるように、家族に促し、自助具を用意し、必要な部分は身体機能面でアプローチしました。

しかし、そこで学んだことがあります。

それは、“どちらも早期に限界がくる”ということです。

先ほど述べた、リハビリの2つの手段を用いたといても、維持期のリハビリにおいて、限界は早期にやって来ます。身体機能面へのアプローチでは改善に乏しいことが多いので、現状維持が目標になることが多いですし、環境側面からのアプローチでも、一定の変化は見られますがそこから急激に改善へとは向かいません。

どちらも、長期間に渡り長々とリハビリしても大きな効果が得られません。

ではどうすればいいのでしょうか。

 医療におけるリハビリのテコ入れが必要

国は2025年(団塊の世代が75歳以上となる時期)を目途に、地域包括ケアシステムの構築を目指しています。これは、要介護者に対し、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供されることを目的としています。

その中でも、予防の観点について、再度考える必要があります。維持期を、“生活期”や“展開期”などといった聞こえの良い言葉で納得するのではなく、できるだけ回復期から維持期へのバトンタッチをさせない工夫が必要です。回復期の段階でいかに障害をできるだけ消滅させ、自宅復帰を促し、介護される状態とならないように注力すべきなのです。

財源の問題により、リハビリも医療保険から介護保険への切り替えが進められています。しかし、これは悪手と思わざるを得ません。

維持期において延々とリハビリを行う費用に比べて、医療保険の段階にて、もっと集中的にリハビリを行った方が、トータルコストは低くなるはずです。要するに、リハビリを介護保険へ移行させるのではなく、医療保険の枠内でもっと行うべきだということです。

そのためには、リハビリ職自身の問題もあり、回復期におけるリハビリの質の改善が必須でしょう。そして、それを社会が認める必要があります。

結果を出すリハビリへ

リハビリは、2つの手段があると述べましたが、やはり本質は機能障害の改善あります。その証拠に、養成校や実習教育においては、ほとんどの時間を用いて医療としていかに改善させていくかのプロセスを学ぶわけです。

後は、本当に結果が出るリハビリを行うことができるかどうかです。

病気を発症した方が、維持期のリハビリまでいかないように、機能改善を行い、いかに生活に復帰させられるかといったことに焦点を定めて努力していかなければ、セラピストは将来自らの職域を逆に狭くしていくことになるでしょう。

国や社会も、“リハビリは本当に意味があるのか?”といったことを今後さらに注目していくことになると思われます。

最後に、今後のリハビリ職者が行うべきことを一つ挙げます。

医療の縦割り組織をぶっこわす

ちょっと過激な表現で書いてしまいましたが、要するに医師とどれだけ同じ目線で、横に並んで戦っていけるかということが、今後のリハビリ職者には求められるはずです。医療は縦割り組織であり、セラピストはどうしても医師の指示のもと動く必要があります。そのため、セラピストはどうしても受動的になりがちです。

しかし、医師の持つ高い医療スキルの恩恵を最も受けることができるのもまた、身近にいるセラピストなのです。

今後は、理学療法士協会やセラピストだけの学会などだけでなく、医師が主催の学会や研修会などにどんどん進出し、より高い医療レベルでリハビリを提供していく必要があると考えています。また、個々のレベルにおいても、より一層医師と連携していく姿勢がセラピストには求められるでしょうし、そうしなければ淘汰されていく部分が必ず出てくるでしょう。

維持期におけるリハビリの担い手

維持期におけるリハビリの最良の担い手は、介護士の方々であると考えています。生活動作に寄り添い、その中で必要最低限の助けをしながら、出来る部分は主体的に自分自身で行うことができるように援助していくのは、介護士が最適です。

理学療法士が、維持期において介護サービスの利用者さんとリハビリ目的で外を歩いている様子をたまに目にしますが、それは正直にいって『リハビリ』ではありません。

『リハビリ』とは、どうすれば外を歩くことができるかを分析して、問題点を推測し、身体機能面や環境面から働きかけることです。決して、生活動作を一緒に行うことではありません。それだけなら、介護士の方の方が適任であるでしょう。

それを今後も続けるようであれば、理学療法士は将来的に『介護士化』するに違いありません。

理学療法士の『介護士化』について真面目に考えてみた

まとめ

簡単にまとめると、維持期を迎える前の段階で、どれだけ高い医療水準でリハビリを提供していけるかということが、維持期リハビリ関係についてのそもそもの解決の手段であると僕は考えます。