日本人の国民病とも言える『腰痛』ですが、その85%は原因が特定できない非特異的腰痛と呼ばれるものです。
そのような背景の中、上殿皮神経(superior cluneal nerve=SCN)による腰痛が最近注目されています。
ここでは、理学療法士としてよく遭遇する上殿皮神経由来の腰痛に関して、そのリハビリ方法などをご紹介します。
目次
上殿皮神経とは?
上殿皮神経とは、Th11~L4の後根神経の皮枝が胸腰筋膜を貫通し、殿部へ至る感覚神経です。
それらは、内側枝・中間枝・外側枝の3枝から成る皮神経であり、内側枝での障害が多いとされています。
内側枝と中間枝は大殿筋筋膜と皮下組織の間隙へ向かい、外側枝は中殿筋・大殿筋筋膜と皮下組織の間へ走行していきます。
上殿皮神経障害について
上殿皮神経が胸腰筋膜を貫通し、腸骨稜を乗り越える部位を『osteofibrous tunnel』と呼び、そこで絞扼(締め付けられること)されて疼痛を生じるものが上殿皮神経障害です。
しかし、全ての上殿皮神経がosteofibrous tunnelを通過するわけではなく、osteofibrous tunnelを通過しない上殿皮神経にも胸腰筋膜の貫通部で疼痛が生じているものがあります。
そのようなことから、上殿皮神経障害の概念は『胸腰筋膜の貫通部での絞扼』と広義に捉えられる傾向にあるようです。
全腰痛に対する上殿皮神経障害による割合は、諸家の報告により差はありますが、決して稀なものではなく、臨床上よく遭遇するものであることは確かです。
上殿皮神経障害の評価
圧痛検査
上殿皮神経の評価で重要なのは、圧痛所見です。
圧痛は、実際に上殿皮神経の触診を行いながら見ていきます。その際には、左右差を確認することも重要です。
上殿皮神経は腸骨稜上で圧痛検査を行います。
上後腸骨棘から順番に腸骨稜を辿ると、最初に触れる神経線維が内側枝です。腸骨稜の上でないと、軟部組織に沈んで圧痛が取りにくいので注意が必要です。
側臥位で骨盤を後傾させると、より明瞭に触診ができます。また、正常であっても触れますが、実際にosteofibrous tunnelでの絞扼がある方では、腸骨稜近位部が張ってきますので触診は容易となります。
中間枝は、内側枝から1横指半~2横指程度外側に位置しています。
これも内側枝同様に、腸骨稜の直上で圧痛の有無をみます。目安で圧痛を見るのではなく、必ず神経線維を触診した上で評価することが重要です。
また、神経を押さえるわけなので、正常でも痛みが出ます。よって、圧痛を見る際には、必ず左右差を確認することが重要です。
中間枝からさらに外側へ指を移動させると、外側枝を触れます。
これも同様に、上の図で言えば赤色のライン上である腸骨稜の上で圧痛の有無を検査します。
上殿皮神経障害のリハビリ
コンセプト
上殿皮神経障害のリハビリは、絞扼部位へのストレスを軽減させる目的で行います。
そのためには、次の2つの項目の改善を目指します。
- 胸腰筋膜の柔軟性
- 大殿筋と皮下組織の滑走性
胸腰筋膜と大殿筋は、ともに上殿皮神経の絞扼部へストレスを加える要因となります。
下の模式図をご覧ください。
黄色で示した上殿皮神経を、左右から引っ張り合いを行うことで、絞扼部へのストレスが生じます。
これは、腰部の動きとしては前屈動作だけでなく、後屈や側屈などの動作でも痛みを生じることがあります。
実際の基本動作の中でも、寝返りや起き上がり、立ち上がりなど様々な動作において、上殿皮神経障害は痛みを発生させます。
1.胸腰筋膜の柔軟性
広背筋のストレッチ
広背筋は、胸腰筋膜から起始しています。
よって、広背筋の柔軟性改善は、間接的に胸腰筋膜を介して上殿皮神経へ影響を与えると考えられます。
そこで、広背筋を次の2段階でストレッチを行います。
まず、立位で肩関節挙上・外旋位から側屈し、広背筋をストレッチしていきます。
大殿筋も意識して行う
立位で十分にストレッチできれば、次に坐位で同じようにストレッチしていきます。
坐位では、大殿筋も伸長されます。大殿筋も胸腰筋膜から起始することから、坐位の方が胸腰筋膜をより伸張させます。
よって、順番としては立位⇒坐位という順番が良いかと思われます。
2.大殿筋と皮下組織の滑走性
皮下組織の滑走
前述したように、上殿皮神経の内側枝と中間枝は大殿筋筋膜と皮下組織の間隙へ向かい、外側枝は中殿筋・大殿筋筋膜と皮下組織の間へ走行していきます。
そこで、まずは殿筋の表層にある皮下組織の動きを出していきます。
上の図のように、大殿筋表層の皮膚を腸骨稜の方に向かって滑らせるように寄せていきます。
この際には、必ず痛みのない範囲で行う必要があります。あくまでも殿部の皮下組織を緩やかに動かすのが目的であり、腸骨稜の絞扼部位付近への刺激は避けるべきだと考えてます。
大殿筋のストレッチ
次に、大殿筋のストレッチを行います。
大殿筋のストレッチは、股関節を屈曲・内転させる方法で行います。基本的にはスタティックストレッチが好ましいでしょう。

大殿筋の筋収縮を使った運動
自転車走行は、大殿筋を使う良い運動です。
サドルの位置などを調整する必要はありますが、痛みの出ない範囲で自転車に乗ることは、大殿筋の筋収縮を促し、皮下組織との滑走性を改善する助けになるでしょう。
もちろん、自転車エルゴメーターを利用しても良いかと思われます。
スクワット
ここまでのリハビリを行い、痛みがかなり緩和してきた方に対しては、より大殿筋の筋収縮を促すための運動を行っても良いかもしれません。
その方法としては、スクワット動作が挙げられます。
大殿筋を効率よく収縮させるには、ある程度筋肉を伸長させた状態から行う必要があります。
よって、殿部を後方へ引いた状態からスクワットを行います。その際には、胸腰筋膜への過剰なストレスを避けるために、広背筋が緊張しにくいような肢位(体幹を屈曲しない・上肢を挙上しない)を取っておきます。
また、最初はハーフスクワットから徐々にスクワットへと移行するのが良いでしょう。
まとめ
上殿皮神経障害については、まだ分かっていない部分や研究段階の部分が残されており、僕もリハビリを試行錯誤しながら行っています。
今後研究が進めば、原因の分からなかった腰痛の一部がより明らかになるかもしれません。
上殿皮神経障害のリハビリで重要なのは、神経障害のメカニズムを理解し、運動学・解剖学的に理にかなった運動療法を展開することです。
上殿皮神経障害については、リハビリにより症状の大きな改善が見られる方が多くいらっしゃるような印象を持っています。しかし、中には手術が必要となるケースもあるようなので、医師と相談しながら進める必要があります。