整形外科において、末期変形性股関節症や大腿骨頸部骨折による手術後のリハビリを担当することは比較的多いと思われます。
その代表的な手術療法として、人工股関節全置換術( THA=Total Hip Arthroplasty)と人工骨頭置換術(BHA=Bipolar Hip Arthroplasty)があります。
どんな手術にも、早期リハビリでは注意すべきことがあるわけですが、この両者の手術において特に重要なのは、脱臼予防です。
これは、養成校でも習うことですし、リハビリに携わる方であれば、必ず知っておく必要があるものです。
目次
脱臼肢位をチェック!
結論から言ってしまえば、脱臼予防には2種類あります。
その違いは、手術侵襲によって決まります。要するに、手術で“どこから切ったか”、“何を切ったか”によって、脱臼の傾向が変わります。
一般的には、前方アプローチと後方アプローチがあります。
前方アプローチの脱臼(禁忌)肢位
前方アプローチにおける脱臼(禁忌)肢位は、股関節の次の複合動作です。
後方アプローチの脱臼(禁忌)肢位
後方アプローチにおける脱臼(禁忌)肢位は、股関節の次の複合動作です。
なぜ脱臼するのか?
脱臼肢位を覚えることも重要ですが、それがなぜ起きるかということを理解しておく必要があります。
そうでなければ、応用的な指導も訓練もできないからです。
特に、この脱臼メカニズムを理解することで、他の股関節疾患への応用も可能なのです。
股関節の構造上の問題
正常な股関節であっても、脱臼しやすい方向へ力が働く動きがあります。
それが、先ほどの2つの複合動作です。
あくまでも脱臼しやすい運動パターンの参考としてお読みください。
伸展・内転・外旋による脱臼パターン
図で見るほうが分かりやすいので、以下の画像をご覧ください。
ここから、伸展・内転・外旋に動かしてみたいと思います。
いきなり3つの動作を合わせて動かすと頭が混乱するので、まずは伸展・内転の2方向の複合動作です。
伸展・内転の複合動作を行いました。
青の丸印で囲んだ部分を見て下さい。骨頭の前面があらわになっているのが分かります。その際に、大腿骨頸部は臼蓋後方の縁とぶつかっています。
それではここから外旋を加えてみましょう。
伸展・内転から、外旋を加えることで、青の矢印方向への力が働きます。
すると、見事に脱臼するのが分かります。上の写真において、臼蓋と骨頭は離れているのが確認できます。
これは、後方において臼蓋後縁と大腿骨頸部がぶつかって、そこが支点となりテコの原理が働くからです。
ここまで見てきた通り、伸展・内転・外旋の3つの動きが複合した時に、特に脱臼方向へ力が加わります。
要するに、骨頭は前方へ押し出される形で動きます。
屈曲・内転・内旋による脱臼パターン
屈曲・内転・内旋においても、いきなり3つの動作を合わせて動かすと分かりにくいので、まずは屈曲・内転の2方向の複合動作です。
屈曲・内転の複合動作を行いました。
青の丸印で囲んだ部分を見て下さい。今度は、大腿骨頸部は臼蓋前方の縁とぶつかっています。
矢状面から見ると、次のようになります。
それでは、ここからさらに内旋方向へ動かしてみましょう。
屈曲・内転から、内旋を加えることで、青の矢印方向への力が働きます。
すると、これも脱臼方向へ力が加わるのが分かります。上の写真において、臼蓋と骨頭は離れているのが確認できます。
これは、前方において臼蓋前縁と大腿骨頸部がぶつかって、そこが支点となりテコの原理が働くからです。
この場合では、骨頭は後方へ押し出される形で動きます。
健常の股関節であれば脱臼しない
ここまで2種類の脱臼方向への動作パターンを見てきました。
臼蓋前縁を支点とするか、臼蓋後縁を支点とするかの違いはありますが、どちらもテコが働くことで、脱臼方向へ力が働くことがご理解いただけたかと思います。
しかし、これらは健常の股関節であれば実際に脱臼することはありません。それでは、なぜ手術により脱臼リスクが高まるのでしょうか?
手術により、軟部組織に侵襲が加わる
手術により、関節包・関節唇・靭帯・筋肉などに侵襲が加わります。
例を挙げてみましょう。
前方アプローチの例大体筋膜を切開し、縫工筋と大腿筋膜張筋の間や、中殿筋と大腿筋膜張筋の間から侵入する。その後に関節包を切開する。
後方アプローチの例大腿筋膜を切開し、股関節外旋筋群を切離する。その後に関節包を切開する。
これらの侵襲が加わることによって、以下のようなことが起きます。
求心力・支持性の低下
股関節は、臼状関節であり球関節の仲間です。
肩ほどではありませんが、股関節も可動性が高いために、関節運動軸がブレないためには、骨頭を臼蓋に押し付ける力(求心力)が必要になります。
その求心力を担うのは、関節包・関節唇・靭帯・筋肉などの軟部組織に他なりません。
よって、手術により侵襲が加われば、求心力は低下します。それにより、信州の加わった軟部組織が回復するまでは、関節運動軸はブレやすくなるわけです。
関節運動軸のブレは、先ほどみたような臼蓋と頸部の衝突をさらに容易にする可能性があります。
要するに、健常の股関節では、周囲の軟部組織(関節包・関節唇・靭帯・筋肉など)がしっかりと関節を保護していますが、手術によりそれら軟部組織による支持が得られにくくなるということが脱臼リスクの大きな要因と言えます。
一般的には、術後 3 カ月経過して、関節周囲の軟部組織が安定してこれば、脱臼リスクは減少してくると言われています。
脱臼メカニズム
関節周囲の軟部組織の安定性が不十分な時期に、伸展・内転・外旋で骨頭が前方へ押し出されれば、前方に侵襲が加わったであろう前方アプローチでは脱臼リスクは高まります。
また、屈曲・内転・内旋で骨頭が後方へ押し出されれば、後方に侵襲が加わったであろう後方アプローチでは脱臼リスクは高まります。
このようなメカニズムもあって、これらの複合動作はそれぞれ注意が必要であるということです。
術式による違い
人工股関節置換術(THA)の術式による脱臼率は、後方アプローチによる脱臼はおよそ3%、前方アプローチによる脱臼ではおよそ1%と言われているようです。
それに比較すると人工骨頭置換術(BHA)では脱臼リスクは少ない傾向にあります。
また、初回手術よりも、再置換術後の方が脱臼率は高まるとのことです。
実際に注意すべき動作
それでは、実際にどのような動作に注意すべきなのでしょうか。
前方アプローチと後方アプローチに分けて考えてみましょう。
前方アプローチにおける注意動作
前方アプローチでの脱臼肢位である、伸展・内転・外旋動作は、実際にはあまり日常生活でありません。
あえて言えば、下のイメージ図のように、方向転換の時でしょう。
この場合、左下肢が患側だと考えて下さい。急に健側に振り返って方向転換するような際には、患側股関節は伸展・内転・外旋位となりやすいことがあります。
よって、歩行動作指導の際には、必要に応じて注意が必要でしょう。
後方アプローチにおける注意動作
前方アプローチでの脱臼肢位である、屈曲・内転・内旋動作は、日常生活にかなり多く存在します。
例を挙げていきましょう。
側臥位
側臥位において、患側股関節がこのように屈曲・内転・内旋位をとっていないかを注意する必要があります。
このような姿勢防止のためには、両股関節を屈曲させたり、膝の間にクッションを入れるなどの工夫が必要です。
坐位
坐位においては、このような横座り(お姉さん座り)も脱臼肢位に当たるので注意が必要です。上の図の場合では、右股関節が屈曲・内転・内旋位となってしまっています。
靴下を履く動作など
靴下を履いたり、爪を切ったり、または立ち上がる際にこのような肢位になっていないかを注意する必要があります。
特に、後方アプローチにおいて、屈曲・内転・内旋の他には、股関節の深屈曲も脱臼に関して注意が必要な動きです。
まとめ
今回、股関節の人工関節手術後における脱臼について考えてみました。
脱臼に限らず、リハビリにおいては「知らなかった」では済まない場合も多々ありますので、リハビリにおけるリスクについてよく理解しておく必要があります。