近年、『FAI』という概念が浸透してきており、この名称を目にする機会も年々増えてきています。
しかし、FAIは2003年に提唱されたばかりのものであり、リハビリの現場においても、どのような運動療法を行うべきなのか試行錯誤しているのが現状です。
そこで、ここではFAIのリハビリ(特に保存療法)の一例をご紹介していきたいと思います。
目次
FAIとは何か
股関節のインピンジメント
FAI(femoroacetabular impingement)は、訳すと『股関節インピンジメント』となります。
インピンジメントとは“衝突”を意味する言葉であり、FAIはその名の通り
大腿骨(femoro)と臼蓋(acetabular)が衝突(impingement)する
という病態です。
もっと厳密に言えば、大腿骨頭と大腿骨頸部の移行部(head-neck junction)と臼蓋の縁がぶつかることを指します。
FAIでは、主に股関節の屈曲・内転・内旋により疼痛が増悪します。
なぜ痛みがでるのか?
FAIでの痛みの主体は、関節唇(acetabular labrum)の損傷によるものです。
関節唇は、臼蓋周辺を囲む繊維軟骨の輪であり、臼蓋の凹面を深くする役割があり、関節安定性を向上させています。
関節唇は感覚神経が豊富に存在していることから、損傷を受けることで痛みを感じます。
股関節のインピンジメントで関節唇を損傷することが、FAIにおける痛みの大きな原因と言われています。
FAIの3つのタイプ
FAIは、骨形態異常(インピンジメントしやすい異常な骨の形状)にともなって生じます。
まずは正常の股関節の水平断を下に載せました。
FAIには、この正常と異なる以下の3つのタイプが存在します。
- カムタイプ
- ピンサータイプ
- コンバインドタイプ
1.カムタイプ
カムタイプ(cam type)とは、大腿骨側の問題で起きるFAIです。
カムタイプでは、骨頭から頚部の骨隆起によって股関節のインピンジメントが生じます
骨隆起の分だけ、股関節前方で早期に臼蓋と衝突することになります。
カムタイプの特徴的なレントゲン画像では、ピストルグリップ変形(pistol-grip deformity)やオフセット(offset)の減少などがあります。
2.ピンサータイプ
ピンサータイプ(pincer type)は、臼蓋側の問題で起きるFAIです。
ピンサータイプでは、臼蓋が前方へ張り出している(anterior over coverage)ことや、臼蓋がの窪みが正常よりも深かったり(coxa profunda)することで股関節のインピンジメントが生じます。
臼蓋の前縁が張り出してこれば、やはり早期に大腿骨と衝突することになります。
ピンサータイプでは、臼蓋後方に軟骨損傷が生じることもあり、後方の関節症にも注意する必要があります。
ピンサータイプの特徴的なレントゲン画像では、クロスオーバーサイン(cross-over sign)などがあります。
3.コンバインドタイプ
コンバインドタイプ(mixed type)は、カムタイプとピンサータイプの両方が混在しているものです。
FAIで痛みの出やすい動作
前述したように、FAIでは股関節の屈曲・内転・内旋によって疼痛が増悪します。
FAIの症状として痛みの出やすい動作では、次のようなものが挙げられます。
- 車の座席への乗り降り
- しゃがみ込んでの作業
- 足を組む動き
- 靴下を履く動作・・・など
FAIのリハビリについて
FAIのリハビリとしては、保存療法としてのリハビリと手術後のリハビリがあります。
ここでは、保存療法としてのリハビリについてご紹介します。
リハビリのコンセプト
FAIのリハビリでは、次の4つの段階があると考えています。
- 疼痛の緩和
- 骨頭求心性の改善
- 骨盤傾斜の調整
- 予防的生活指導
1.疼痛の緩和
炎症の影響
FAIで損傷するのは関節唇であることから、その部分周囲には炎症が生じることになります。
その炎症自体を鎮静化させるためには、一定の安静を保つことや消炎鎮痛剤を使用することになります。これらは、医師の判断によって行われることになるでしょう。
急性炎症が起きている時期の積極的なリハビリは、逆効果になることがあるので注意が必要です。
炎症が落ち着いた後の痛みに関しては、炎症による周囲の軟部組織への影響を考える必要があります。
大腿直筋に注目する
注目すべき一つとして、大腿直筋の拘縮が挙げられます。
大腿直筋の起始部は、直頭(straight head)の付着部である下前腸骨棘と、反回頭(reflected head)の付着部である臼蓋上縁に分けられます。
その中でも、大腿直筋反回頭は臼蓋の縁に付着することから、FAIにおいて炎症後の拘縮を引き起こしやすい傾向があります。
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反回頭へのアプローチでは、その解剖学的特徴を利用します。
反回頭の腱部は下の図のように、股関節屈曲0°よりも屈曲90°において筋繊維と向きが同じなります。
そこで、股関節90°でのストレッチと筋収縮訓練を行います。
反回頭を狙ったストレッチ
まず、股関節を90°屈曲させて痛みが出ないことを確認します。痛みがあれば、角度を少なくします。
そして、大腿直筋の近位部を把持した状態から遠位に牽引をかけるように伸長させていきます。
大腿直筋の近位部を把持することで、手掌で押さえた部分から起始部までの赤い矢印の範囲をストレッチすることができます。
もし90°屈曲位で痛みが出るような際には、股関節をやや外転・外旋させた肢位で伸長させる方法もあります。
そうすることで、大腿骨と臼蓋前方の衝突は回避されますので、疼痛が生じにくくなります。
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大腿直筋のリラクセーション
大腿直筋が筋攣縮(筋スパズム)を引き起こしているような際には、上記のようなストレッチが有効でない場合もあります。
その際には、筋ポンプ作用を利用したリラクセーションを行います。
方法としては、先ほどのストレッチの方法の応用であり、股関節90°屈曲位において牽引を加えつつ、反復して等尺性収縮を軽めに促していく方法があります。
その際には、決して痛みが生じない範囲で行う必要があります。
2.骨頭求心性の改善
後方組織の柔軟性改善
股関節後方組織の硬さは、大腿骨頭を前方へ押し上げる(いわゆるトランスレーション)可能性があるため注意が必要です。
動作の中で骨頭が前方へ多少でも変位すれば、より一層股関節のインピンジメントは起きやすくなるでしょう。
よって、骨頭の動的な安定性を高めるためにも、後方組織のストレッチなどは重要となります。
しかし、後方組織のストレッチは、通常であれば股関節の屈曲や内転、内旋を伴うことが多いため注意が必要です。
例えば、深層外旋6筋のストレッチでは、腹臥位で股関節を軽度外転位で行うなどの工夫が必要かもしれません。
このように、インピンジメントの仕組みを理解した上で、疼痛の範囲内において可動域訓練を行うことは重要なことです。
3.骨盤傾斜の調整
骨盤前傾位での問題
骨盤が前傾すれば、臼蓋は大腿骨に対して相対的に前方へ移動するために、インピンジメントは起きやすくなります。
よって、過度な骨盤前傾には注意が必要です。
腸腰筋を始め、腰部多裂筋などの骨盤前傾につながる筋肉の短縮などがないかを評価する必要があります。
また、場合によっては腹筋群やハムストリングスの筋力強化訓練が必要になるかもしれません。
骨盤の前傾は、運動連鎖としては股関節の内旋を誘導する傾向にありますので、その意味でも前傾アライメントがFAIにとって良くないことが分かります。
運動療法の一例
運動療法を一つご紹介します。
下の図をご覧ください。
- 背臥位で両膝を立てた肢位からスタートします。
- 踵で床面を押し付け、ハムストリングスを収縮させます。
- それと同時に、骨盤を後傾させていきます。
- ドローインも同時に行います。
これによって、次のような効果が期待できます。
- ハムストリングスの収縮による、大腿直筋の相反抑制
- 腹筋群、ハムストリングスの収縮による骨盤後傾
- CKC運動で行うことで、立位などの動作につなげやすい
予防的生活指導
FAIの保存療法においては、生活指導が非常に重要です。
例えば、下のものを取る際には患側は膝立ちでしゃがむなどの工夫をする必要があります。
特に、家事動作やスポーツにおいては、股関節の屈曲動作や内転・内旋動作が入りやすいので、注意する必要があります。
まとめ
FAIは手術を行うこともありますが、保存療法としてのリハビリを行う機会も多くあります。
その際には、損傷部位の炎症への配慮を行うことや、軟部組織による二次的な疼痛の緩和を行うことが必要です。
またインピンジメントを予防するようなアライメント調整や、生活指導が重要となるでしょう。