『膝前面が痛む』
こんな症状を抱える患者さんは、少なくありません。
その中には、膝蓋下脂肪体(infrapatellar fat pad=IFP)が痛みの引き金になっている方がいらっしゃいます。また、膝の拘縮にも同じようにそれは関わってきます。
ここでは、膝蓋下脂肪体とは何なのか、どういった際に痛むのかということをご説明した上で、そのリハビリ方法を紹介させていただきます。
目次
膝前面部の痛みについて
膝前面部の痛みを、「Anterior Knee Pain」と呼びます。
リハビリ現場では、略してAKPと呼ぶこともあります。
痛みの出現方法はまちまちですが、膝を曲げた状態で荷重を加えた際などに多く出現します。階段昇降動作などがこれに当てはまります。
その他、長時間の坐位姿勢や立ち上がり動作にも見られ、特に若い女性に多い傾向があります。
膝蓋下脂肪体は、このAKPに深く関与していると推測されていますが、未だにはっきりとした病態は証明されていないのが現状です。
しかし、解剖学的特徴を理解することで、対処法は推測ができます。
解剖学的特徴
膝蓋下脂肪体は、膝内部の空間に存在する脂肪組織です。
重要なことは、以下の2つの点について考える必要があるということです。
- 膝蓋下脂肪体自体の特徴
- その周囲組織の影響
1.膝蓋下脂肪体の特徴
膝蓋下脂肪体とは?
膝蓋下脂肪体は、膝のクッションとでも呼ぶべき存在です。
まだ分かっていないことも多いこの組織は、膝の屈伸に従ってその形状を変化させます。それだけ柔軟性に富んだ組織であるということです。
そして、膝蓋下脂肪体の内部には多数の神経線維と血管が通っており、最近の研究では、ここが非常に痛みに弱い部分であるということも分かってきました。
しかし、正常であれば痛みは当然感じません。
炎症に伴う痛みの変化
痛みを感じるのは、膝蓋下脂肪体自体が損傷を受けたり、周囲の炎症が波及した際などです。
炎症が起きると、その治癒の段階で膝蓋下脂肪体内部には血管新生が起きます。炎症が慢性化していれば、これは顕著になります。
その血管新生とともに、神経も血管とともに新生されます。神経が増えるということは、それだけ痛みを感じやすい因子が増えるということです。
そのような背景の中で、炎症メディエーターであるブラジキニンやプロスタグランジンが侵害受容器の疼痛閾値を低下させ、痛みをさらに感じるようになるというわけです。
膝蓋下脂肪体の炎症は、Hoffa病(膝蓋下脂肪体炎)という病名で診断されることもあります。
しかし、Hoffa病と診断されなかったとしても、この部分の炎症による痛みは、臨床において日常的によく見られると僕は感じています。
炎症後の変化
膝蓋下脂肪体の炎症や不動による変化として、繊維化があります。
線維化とは、脂肪体の脂肪組織の萎縮や繊維増生により、組織が硬くなるということです。硬くなった膝蓋下脂肪体は、後述する他の関節構成体との関係により、拘縮を引き起こすことにつながります。
2. 周囲組織の影響
なぜ周囲組織が関係するのか?
膝蓋下脂肪体は、それ自体に動くための力源を持ってはいません。周囲の関節構成体の動きの変化に合わせて、自身の持つ柔軟性によって形を変化させることで存在しています。
要するに膝蓋下脂肪体は、周りの関節構成体によるスペースが確保されていれば動きやすいですが、スペースが狭くなれば窮屈で動きにくくなるというわけです。
膝蓋下脂肪体周囲の組織
膝蓋下脂肪体の周囲組織を、関節内と関節外に分けて見ていきましょう。
関節包内の構造
関節包内における膝蓋下脂肪体の周囲組織について、下の図をご覧下さい。
前方には膝蓋靭帯、後方には両側の半月板と膝横靭帯・ACL・PCLが存在します。
また、膝蓋下脂肪体は関節包の中に存在するわけですが、関節包は繊維膜と滑膜に分かれています。図にある通り、膝蓋下脂肪体は繊維膜の中にありますが、滑膜に対しては外に存在しているということもチェックすべきところです。
膝蓋下脂肪体と滑膜ヒダの関係
脂肪体の両側では、滑膜はヒダのある縁(翼状ヒダ=alar fold)を形成して、関節空の中に陥入します。
また、膝蓋下脂肪体の下部を覆っている滑膜は、正中の鋭いヒダ(膝蓋下滑膜ヒダ=infrapatellar synovial fold)となって後方の顆間窩の縁に付着します。
関節包外の構造
関節包外の膝蓋下脂肪体の組織に関して、下の図をご覧ください。
膝蓋下脂肪体の前面には、膝蓋靭帯の他に、内側膝蓋支帯と外側膝蓋支帯が存在します。
・内側縦膝蓋支帯は、内側広筋から起始し、膝蓋骨を介すことなく脛骨内側の上端へ付着する。
・内側横膝蓋支帯は、「内側膝蓋大腿靭帯」とも呼ぶ。これは、膝蓋骨と大腿骨内側に付着している。
・外側縦膝蓋支帯は、外側広筋から起始し、同じく膝蓋骨を介すことなく脛骨外側の上端へ付着する。
・外側横膝蓋支帯は、「外側膝蓋大腿靭帯」とも呼ぶ。これも、膝蓋骨と大腿骨外側に付着している。
これら膝蓋支帯の拘縮は、それ自体が膝蓋下脂肪体が前方へ動くための制限になり得るばかりか、膝蓋骨の動きも制限することになります。
膝蓋骨の動きの制限は、やはり膝蓋下脂肪体の動態へ影響を与えることにつながります。
膝蓋下脂肪体の動態
それでは、膝蓋下脂肪体は膝の屈曲・伸展に伴ってどのように動くのでしょうか。
屈曲動作に伴う動態
膝蓋下脂肪体は、膝関節屈曲に従い後方へ移動します。
先ほど図で見たように、前方には膝蓋靭帯、後方にはACLとPCLが存在していますので、膝蓋靭帯に押し出されるように後方へ移動した後、ACL・PCLがストッパーとなり止まります。
そして、押し出されるように、膝蓋骨と大腿骨の隙間へ流入してきます。
屈曲動作での痛み
上記のような動態により、膝屈曲位においては、膝蓋下脂肪体は膝蓋大腿関節のクッションとして機能するわけです。
しかし、膝蓋下脂肪体自体の拘縮であったり、周囲組織の拘縮があった場合には、その動態が妨げられ、インピンジメント様に挟み込まれてしまうことでしょう。
これは、階段昇降動作などで膝蓋下脂肪体が痛みの原因となる理由と推測できます。
伸展動作に伴う動態
屈曲位からの伸展動作において、膝蓋下脂肪体は前方へ移動します。
最終伸展位において、脂肪体内の内圧は最も上昇します。
伸展動作での痛み
伸展時には、膝蓋下脂肪体の前方に存在する組織の拘縮が問題となります。
具体的に言えば、膝蓋骨の位置であったり、膝蓋靭帯や膝蓋支帯の拘縮がこれに当てはまります。
膝蓋靭帯の拘縮があり、膝蓋骨が下方に位置している(これをPatella bajaと呼びます)場合には、脂肪体の流入スペースがなく、より内圧の上昇が起きる可能性があります。
それと同じように、膝蓋支帯の拘縮も、流入スペースの狭小化につながる恐れがあります。
リハビリについて
評価方法
膝蓋下脂肪体は、最終伸展位で前方に出てきますので、その肢位で圧痛を確認します。
膝蓋靭帯が表層にある部分ですと、痛みが膝蓋靭帯でのものなのか、膝蓋下脂肪体でのものなのか判別できないので、膝蓋靭帯を避けて触るのが良いかと思います。
分かりにくい場合には、この赤い膝蓋下脂肪体の存在する部位を指で圧迫しながら、屈曲-伸展動作を繰り返します。
そうすることで、脂肪体が奥に引っ込んだり、前方へ飛び出てきたりする様子を確認できます。前方に出てくる際に指が当たりますので、その瞬間に痛みが出れば、圧痛ありと判断しても良いかと思われます。
僕の場合には、膝の疾患でリハビリ処方が出た場合には、必ずスクリーニングとしてこの評価を行います。そのくらい重要な部分です。
リハビリ方法
基本的には、膝蓋骨のモビリゼーションを主体に行います。
膝蓋靭帯がしっかりと張れるような状態になるように、また膝蓋骨がしっかりと上下に動くことができるように、痛みのない範囲で動かしていきます。
また、膝蓋骨を側方から押し出したり、下方へ押し出したりすることで、膝蓋支帯のストレッチを行っていきます。
とても痛みが出やすい動作になるので、注意しながら行っていきます。
痛みを誘発しながら動かすことは、炎症の助長につながります。それだけは絶対に避けなければいけません。
まとめ
膝蓋下脂肪体は、これまであまり注目されない存在でした。
しかし、近年この部分の病態によるトラブルは、徐々に認知されるようになってきています。
個人的には、これだけ日常的によく遭遇する病態が、なぜ未だに広く知られていないのか疑問に思う部分もあります。
また、膝蓋下脂肪体は伸展に伴い内圧が上がってきますが、そうであるとすれば、反張膝のように過伸展するような膝ではどのような内圧変化があるのだろうかという疑問も生まれてきます。
なぜなら、反張するような伸展方向に不安定な膝関節では、よりこの部分の痛みが出現しやすい印象を僕は持っているからです。
それらの疑問の解決のためには、今後の研究が必要でしょう。