lateral thrust(以下ラテラルスラスト)は、変形性膝関節症において見られる特徴的な所見の一つです。
リハビリの現場ではよく使用される用語ではあるのですが、その原因や症状、治療を行うことはとても重要です。
ここでは、その理解を深めるためのポイントをご紹介しています。
目次
ラテラルスラストの概要
ラテラルスラストとは?
ラテラルスラストとは、歩行時において観察される膝関節の外側方向への横ぶれのことです。
英語でのlateral thrustとは訳すと、
lateral =外側(対義語として、medial=内側)
thrust=押しやる
となります。
歩行には“歩行周期”が存在しますが、ラテラルスラストが起きるのはローディングレスポンス(加重応答期)~ミッドスタンス(立脚中期)にかけてです。

どんな場合に出現するのか?
ラテラルスラストは、内反型の変形性膝関節症(いわゆるO脚変形)での歩行において観察されます。
変形性膝関節症の治療では、手術療法か保存療法を選択されるわけですが、基本的には手術後にはラテラルスラストは出現しません。
よって、リハビリにおいてラテラルスラストと向き合うのは、保存療法を選択された場合です。

ラテラルスラストの原因
正常歩行での膝へ加わる力
正常歩行では、膝関節に加わる力というのは体重のおよそ3倍と言われています。
この力は、膝関節全体に均等に加わるわけではありません。
膝関節への力は、床反力として加わるわけですが、歩行時に踏み込んだ足というのは体の正中線よりも外側に位置しているわけですので、床反力は体の中心に向かいます。
言葉では分かりにくいので、下の図をご覧ください。
正常歩行において、膝関節の内側を通過する床反力の影響により、膝に加わる力は内側部のほうが外側部よりも数倍大きくなります。
言い換えれば、人間の歩行は、正常においても膝の内反ストレス(負荷)が加わりやすい構造をしています。
なぜ正常ではラテラルスラストが起きないのか?
正常ではラテラルスラストは起きません。
その理由として、次のような衝撃吸収機能が備わっているからです。
- 関節軟骨と半月板による膝の適合性の向上
- 外側支持機構(腸脛靭帯・外側側副靭帯)の緊張
- 大腿四頭筋・内転筋群を中心とした筋活動
- ローディングレスポンスにおける『ダブルニーアクション』の存在
・・など
これらの機能は、膝関節の局所への負担を減らす役割があり、同時に関節の動的安定性に貢献しています。
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ラテラルスラストは、関節安定性の破綻が原因
ラテラルスラストが起きる原因は、膝の安定性の破綻が原因です。
特に、変形性膝関節症による
- 軟骨の摩耗
- 関節裂隙の狭小化
- 半月板の変性断裂
- 下肢筋力低下
- FTA(膝外側角)増加
などは、前述した衝撃吸収機能を著しく低下させ、膝の内反ストレスを増加させる要因となります。
ラテラルスラストの評価の目的
評価の意義
ラテラルスラストが出現することはなぜ問題なのでしょうか?
それは、ラテラルスラストが変形性膝関節症の増悪につながるからに他なりません。ラテラルスラストは、膝が外側へ動揺することから、瞬間的に膝関節の内反負荷(内反ピークトルク)を上昇させます。
歩行中の膝関節内反ピークトルクが20%増加すると、内側部の膝関節変形性関節症の進行危険性が6倍増加することが示されている。
引用:筋骨格系のキネシオロジー 原著第2版
逆に言えば、ラテラルスラストが起きている原因を評価し、運動療法で対応できる部分を改善させていくということは、変形性膝関節症の進行を予防することに直結します。
評価のポイント
ラテラルスラストが起きているかどうかは、現状では目視で確認するしかありません。三次元解析装置などがあれば、より詳細にラテラルスラストの詳細が評価できますが、残念ながら一般的に臨床応用するレベルにはありません。
重要なのは、ラテラルスラストが
『起きているかどうか』
だけではなく、
『なぜ起きているのか』
『それによりどんな影響を与えているのか』
ということを、解剖学・運動学・生理学的に評価することです。
実際の評価と治療
ラテラルスラストの実際の評価と治療では、次の事柄をみていきます。
- アライメント
- 関節可動域
- 筋力
1.アライメント
体幹側屈
ラテラルスラストが出現しやすい患者さんは、膝が外側に動揺してしまうことに対抗するために、体幹を瞬間的に側屈させようとします。
いわゆる、デュシャンヌ様の側屈です。
これにより、床反力のベクトルの向きが垂直に近づくため、内反ストレスが軽減します。
このような歩行様式をしている場合には、ラテラルスラストが目視で分かりにくくなる場合があるので注意が必要です。
徒手的に、または意識的に体幹を側屈させないようにして歩行していただくことで、ラテラルスラストが分かりやすくなります。
体幹側屈は膝内反モーメントを減少させるのには有効ですが、本来発揮すべき下肢筋力を発揮しなくても済んでしまうことによる筋力低下や、腰痛などの二次的な問題を引き起こす可能性があるので注意が必要です。
骨盤後傾-股関節外旋
骨盤が後傾すると、運動連鎖により股関節は外旋しやすくなります(全てがそうとは限りませんが)。
このアライメントは膝の内反トルクを増大させ、ラテラルスラストを増悪させる可能性があるために注意が必要です。
よって、骨盤の前傾を促すための運動療法は、場合によっては有効かもしれません。
2.関節可動域
膝の伸展制限
膝関節は、完全伸展位においてロックされ、最も安定性が高くなります。
膝の伸展制限は、このロッキングメカニズムが機能しないために、膝の不安定性が高まることでラテラルスラストを助長させます。
さらに、この状態ではローディングレスポンスにおける『ダブルニーアクション』が生じず、衝撃吸収機能が低下することが考えられます。
膝は、伸展30°から完全伸展に至るまでに脛骨が約10°外旋します。これをscrew home movement(終末伸展回旋)と呼びます。
よって、膝の伸展制限に関しては、下腿の回旋可動域も合わせて評価する必要があります。
内反過可動性
内反変形が進んでいるケースでは、本来動きが大きくないはずの膝関節内反可動性が過剰となっていることが少なくありません。
そのため、外側側副靭帯のテストである内反ストレステストなどを行い、どの程度動きが出てしまうのかを確認することも必要でしょう。
もし反対側が健常であれば、左右差で評価します。
3.筋力
外側の筋肉
股関節外転筋である大腿筋膜張筋は、骨盤の安定化とともに膝関節内反ストレスに抵抗します。
逆に言えば、膝関節内反ストレスが増大すれば、大腿筋膜張筋は伸長位での収縮を余儀なくされることで、筋攣縮を生じます。
大腿筋膜張筋は腸脛靭帯へと連続していますので、その深部に存在する外側広筋にまでその負荷は波及することになります。
よって、ラテラルスラストが起きている患者さんの多くは、大腿筋膜張筋や外側広筋の筋攣縮により、筋力が発揮しにくい状態になっていることがあるわけです。

よって外側においては筋力訓練の前に、まずは筋攣縮の有無の確認と、リラクセーションによる筋出力の回復を目指す方が優先される場合があります。
内側の筋肉
内側では、やはり内側広筋の筋力が重要です。
内側広筋は萎縮しやすい筋肉であり、前述したような体幹側屈による内反モーメント軽減戦略をとっているような患者さんでは、筋力低下も予想されます。
MMTとともに、大腿周径を計測することで評価しましょう。
特に、膝蓋骨から約5~10㎝程度上方の大腿周径では内側広筋のボリュームが予測しやすいです。

その他にも、内側に存在する筋肉として、薄筋は膝の外側動揺などを制動するために重要な役割をもっています。

しかし、薄筋は筋のボリュームからみてもそれほど大きいものではないので、ラテラルスラストの改善にどれだけ影響を与えられるかは疑問が残ります。
内側広筋のトレーニング
ここでは、ラテラルスラストを改善させるための運動療法の一つとして、内側広筋のトレーニングをご紹介します。
筋力トレーニングで筋力自体を改善させるのはもちろんですが、ラテラルスラストを改善させるためには、下肢が接地する前に内側広筋が働いている必要があります。
内側広筋のトレーニングは次の順序で行います。
- 筋力の改善
- 筋力を発揮するタイミングの改善
1.筋力の改善
歩行時の骨盤後傾は膝内反ストレスにつながりかねないので、骨盤を出来るだけ前傾させた状態から、大腿部にボールを挟んで膝を伸展させます。
こうすることで、骨盤-股関節のアライメントを整えた状態で内側広筋のトレーニングができます。
場合によっては、重錘を巻くなどして負荷をかけても良いでしょう。
この運動では、内側広筋とともに股関節周囲筋、体幹深部筋も同時にトレーニングする狙いがあり、歩行時のこれらの筋の協調的な運動につながるのではないかと考えています。
2.筋力を発揮するタイミングの改善
筋力強化の一環として、下肢が接地する前に内側広筋の収縮を入れるような運動療法も効果的です。
平行棒内などで、下肢の接地のタイミングをこちらで調整しながら、内側広筋の活動を適切なタイミングで出せるように徒手的な抵抗を加えるような運動療法も良いかと思われます。
まとめ
この他にも、足関節からのアプローチとしてインソールを使用するなど、ラテラルスラストを改善させるためのアプローチはいくつも存在します。
重要なのは、ラテラルスラストの出現を機能的観点から捉えてアプローチしていくことです。
ラテラルスラストの評価と治療は、内反型の変形性膝関節症のリハビリの中心となるものですので、理解を深めていく必要があります。