ストレッチの方法はいくつかありますが、最もポピュラーな方法がスタティックストレッチでしょう。
スタティックストレッチ(static stretch)は、静的ストレッチとも呼ばれる通り、反動をつけずにゆっくりと筋肉や腱を伸ばしていく方法です。
その効果におけるメカニズムは興味深く、様々な局面で応用ができます。
ここでは、そのスタティックストレッチの基礎と応用について、ご紹介させていただきます。
ストレッチ全般については、こちらを参考にしてください。

目次
スタティックストレッチの特徴
スタティックストレッチは『反動や弾みをつけず、ゆっくりと筋を伸張し、その肢位で30秒程度静止するストレッチ』の事を指します。
スタティックストレッチのメリット
まず、スタティックストレッチのメリットを挙げてみます。
- 簡便であり、誰でもできる
- 筋肉を痛めるリスクが低い
- 柔軟性改善だけでなく、筋緊張緩和の効果もある
セルフストレッチとして向いている
ストレッチの中には、体を大きく動かしながら、その反動を利用して行うバリスティックストレッチや、直接筋肉を触れてを伸ばしていくダイレクトストレッチなどがあります。
しかし、それらは筋肉を痛めやすかったり、解剖学的な知識が必要だったりすることから、安易にセルフストレッチとして行うことを勧められない場合があります。
それに比べてスタティックストレッチは、高齢者から子どもまで安全で分かりやすいものであり、セルフストレッチに非常に向いている特徴があります。
実際に僕がリハビリの現場においてセルフケアとして指導する内容は、競技レベルの高いアスリートを除いてはスタティックストレッチが主体です。
スタティックストレッチのメカニズム
重要な2つのキーワード
スタティックストレッチにとっての重要なキーワードは、次の2点です。
- 伸張反射
- Ⅰb抑制
筋肉と腱には、筋肉の収縮や腱の長さの変化を感知する受容器(レセプター)が存在しています。
筋肉には筋紡錘(muscle spindle)、腱にはゴルジ腱器官(golgi tendon organ)という受容器があります。筋紡錘は伸張反射に関わり、ゴルジ腱器官はⅠb抑制に関わっています。
これらのキーワードを使ってスタティックストレッチを説明すると、次のように言い換えることができます。
スタティックストレッチとは、伸張反射を出さないようにⅠb抑制を利用するものである
伸張反射とは?
伸張反射とは、簡単に言えば『筋肉が急激に伸長されると、その筋肉は自動的に収縮してしまう』ということです。
病院で行う腱反射テストはこれを利用したものです。膝の下を打腱器(ゴム製のハンマー)で叩かれて足がピーンとなる検査をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
多少難解ですが、伸張反射が起きるメカニズムを説明します。
- 筋肉が伸長されると筋紡錘も伸展し、それにつながるⅠa繊維が興奮する
- Ⅰa繊維の興奮は1個のシナプスを介して脊髄の前角に存在するα運動ニューロンを連鎖的に興奮させる
- α運動ニューロンの興奮は、伸長された筋肉を収縮させる
このように伸張反射では、筋肉が引き伸ばされる際に反射的に収縮してしまいます。筋紡錘は、過度な筋肉の緊張を感知する安全装置でもあります。筋肉が伸びすぎて損傷してしまわないような役割があるということです。
しかし、その伸張反射が起きてしまえば、効果的に筋肉のストレッチができなくなってしまいます。
伸張反射を起こさないためには
スタティックストレッチにおいて、『ゆっくりと』筋肉を伸ばさなければいけない理由はここにあります。
伸張反射は、急激な筋肉の伸長度合いに比例して起きることになります。逆に言えば、ゆっくりと筋肉を伸長させていけば、伸張反射は起きません。
Ⅰb抑制とは?
筋肉が伸ばされるということは、腱も同時に引き延ばされることになります。Ⅰb抑制は自己抑制とも呼ばれる通り、簡単に言えば『腱が伸ばされることで、筋肉は緩む』ということです。
これも、筋肉が過度に引き伸ばされて損傷しないための一種の安全装置です。
これも難解ですが、Ⅰb抑制のメカニズムをご説明します。
- 筋肉が伸長されると、腱も伸長される
- 腱内に存在するゴルジ腱器官が興奮し、その信号がⅠb繊維を通って脊髄に入力される
- 脊髄内で抑制性介在ニューロンを介して、α運動ニューロンを抑制する
- 筋肉の緊張を和らげる
このように、腱が伸長されることで筋肉の緊張は緩和されることになります。
Ⅰb抑制が起きるまでの時間は、大体30秒程度は必要です。よって、スタティックストレッチでは『伸長した肢位で30秒程度静止する』ことが必要なのです。
スタティックストレッチの方法
ストレッチ時間やセット数は、筋肉の状態による
ストレッチの時間は大体30秒と述べましたが、これは実際には筋肉の状態によって変わります。
筋肉の状態に影響するものは、大きく分けて次の通りです。
- 年齢
- 痛みや炎症の有無
年齢
筋肉は、年齢とともにその柔軟性を失っていきます。20代と60代では、日頃の運動量にもよりますが、60代の方がはるかに筋肉の柔軟性は低下しています。
そこで、年齢が上がれば上がるほど、ストレッチの時間とセット数を増やしていくことが重要です。
20代では30秒3セット程度が基本となりますが、60代では40秒~50秒を3~4セット行っても良いかもしれません。
痛みや炎症の有無
痛みや炎症の起きている筋肉は、防御性収縮が起きている可能性が高く、ただでさえ筋緊張が高い状態にあります。
そのような筋肉に対してスタティックストレッチを行う際には、痛みのない程度のストレッチから始めて、徐々にその伸長する強さを強めていく必要があります。
特に、激しい運動の後には、筋肉内に微細損傷が起きていることもあり、過緊張状態にあることも多々あります。
よって、運動後のストレッチでは特に注意が必要でしょう。
スタティックストレッチの応用
基本は起始・停止を引き離す方法
スタティックストレッチの基本は、筋肉の起始と停止(付着部)を引き離すような方法を取ります。
しかし、中にはその付着部に炎症や痛みが出現していることがあります。
筋肉が骨などに付着する部分では、筋肉が引っ張る力によって、炎症が生じていることがあるからです。そのような際には、付着部に負担をかけないようなストレッチの工夫が必要です。
起始・停止を自分で作る
例えば、手関節を背屈させる長撓側手根伸筋のストレッチを考えてみましょう。
長橈側手根伸筋は、上腕骨の外側上顆付近から第2中手骨底に付着しています。よって、通常のスタティックストレッチとしては下の写真のようになります。
赤の点線が筋肉の走行ですので、肘を伸展させた状態で手関節を掌屈・尺屈していきます。ゆっくりと伸長させ、その位置で30秒以上静止します。すると、Ⅰb抑制がかかり、筋肉の緊張は落ちていきます。
しかし、例えば外側上顆付近で炎症や痛みがあった場合には、この状態でスタティックストレッチを行うことは難しい場合があります。
そんな時には、下の写真のように、付着部手前で筋肉を圧迫します。
筋肉を圧迫したら、外側上顆の方に向かって少し押し上げます。
すると、自分押さえた部分が起始の代わりになるので、ストレッチで引き伸ばされるのは赤の点線の部分だけとなり、青の点線では緩むことになります。
これで、痛みや炎症部位に負担をかけずにスタティックストレッチが可能になります。しかし、起始部の腱ではⅠb抑制がかかっていないので、ストレッチ時間は少し長めにとると良いでしょう。
疾患を想定してみる
例えばオスグッドシュラッター病やジャンパー膝を想定したときに、大腿四頭筋を伸ばしたい時などは、どのようなスタティックストレッチが良いでしょうか。
通常の大腿四頭筋のストレッチは、このような形です。
しかし、これでは赤の点線が示す通り、膝蓋靭帯や脛骨粗面への影響が大きくなってしまいます。
そこで、膝蓋骨の上を把持するような方法を取ります。
このような方法をとることで、停止部に負担をかけずに大腿四頭筋のストレッチを行うことができます。
スタティックストレッチを行う際には、このように筋肉の特性だけではなく、疾患や病態を考慮した方法も重要です。
運動前のスタティックストレッチは注意
ウォーミングアップについて
一般的に、「運動前にはストレッチをやりましょう」というのは、こわばった筋肉は引き伸ばされる力に対して損傷を起こしやすいからです。
確かにウォーミングアップを行うことで、肉離れや筋内損傷を予防する助けになります。
スタティックストレッチはパフォーマンスを下げる可能性がある
しかし注意すべきこととしては、筋緊張の低下は、その直後の運動パフォーマンスを低下させてしまうということです。スポーツによっては瞬発力が必要なものも多くあり、そのような際には、ある程度の筋緊張を保っておくことが必要です。
スタティックストレッチは、筋がリラックスした状態となってしまうために、瞬発力を発揮しにくくなってしまします。
よって運動前のストレッチでは、スタティックストレッチよりも、ダイナミックストレッチの方が適しています。
まとめ
今回は、スタティックストレッチについてご紹介させていただきました。
比較的リスクが少ないストレッチ方法であり、非常にポピュラーではありますが、そメカニズムを理解したり、伸ばし方を工夫したりすることは大切です。